台湾 / 桃園(タオユェン)旅行記

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台湾北西部・桃園 / タオユェン

台湾北西部に位置する桃園は、古来は平埔族が居住する地域で、当時は「虎茅荘」と呼ばれていました。この地域に客家人が入植して住居の周囲に桃の木を植えたことから「桃仔園」と呼ばれるようになった由来があります。

清朝時代の行政区分では桃澗堡と称され、1733年に台北とを連絡する亀崙山道(現在の省道1号線)が、翌年には中壢との道路が開通したことで漢人の入植が進行。

さらに、日本統治時代にも入植が奨励され、桃園市が栄えるようになった経緯があります。

現在は、台湾の空の玄関口である台湾桃園国際空港があり、工業地帯を抱えていることから、多くの東南アジアの外国人労働者も暮らしている地域となっています。

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Taoyuan Taiwan 03-01-2009
Taoyuan Taiwan 03-01-2009 / Bitman
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桃園の旅行・観光スポット

桃園県忠烈祠
桃園県忠烈祠は、もともと日本統治時代の1938年(昭和13年)6月10日に建てられた桃園神社です。戦後は、新竹県忠烈祠に改称。さらに1950年に桃園県忠烈祠となり、反清・抗日の殉国の烈士を祀るようになりました。1972年の日本と台湾が断交後、日本の台湾統治時代に建てられた各地の神社は破壊されましたが、桃園県忠烈祠(桃園神社)は住民・学者の反対により、当時の社殿がそのまま残されてています。台湾の国家三級古蹟に指定されています。
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桃園忠烈祠HDR_04 / IMAGE | Pixel 觀景窗の視界
大渓
元の名前を「大姑陷」という渓谷です。新竹県から桃園県内を流れ、淡水河へと繋がる「大漢渓」という河が美しい景観を作っています。大漢渓にかかる橋「大渓橋」はバロック式の門構えで、夜には美しくライトアップされます。周辺には日本統治時代に整備された「大渓老街」やお寺など、歴史古跡が残っています。
後慈湖
白石山上にある後慈湖」は、ちょうど新月の形をした、南北の長さ400メートル、最大幅80メートルの小さな湖です。1950年代、蒋介石があたりを訪れた折、景色が故郷の浙江省奉化県渓口鎮によく似ていたことから、蒋介石の行政用地となった歴史があります。
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慈湖陵寝
後慈湖の近くいある「慈湖陵寝」は、蒋介石の遺体が安置されている場所です。毎日決まった時間には、銃を持った衛兵交代の儀式もあります。
慈湖
後慈湖の奥にある湖です。もともと「埤尾」「洞口」と呼ばれていた湖ですが、1962年に蒋介石は慈悲深かった母である王太夫人を偲び「慈湖」と改名しています。
慈湖紀念雕塑公園
1997年に設立された慈湖紀念雕塑公園は、ちょっとユニークな公園。台湾各地にあった蒋介石像は、台湾の民主化が進むにつれ次々と撤去されるようになりましたが、その蒋介石像を収集・展示している公園なのです。台湾全土から集められたその石像は、約200体に及びます。

桃園の詳細地図

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