インドネシア / ジャカルタ旅行記

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インドネシア1000万人都市ジャカルタ / Jakarta

人口約1000万人を抱えるインドネシアの首都、ジャカルタはインドネシアのみならず、東南アジア有数のグローバル都市です。

都市としての歴史も古く、かつてはスンダ・クラパ (Sunda Kelapa, 397–1527)、ジャヤカルタ (Jayakarta, 1527–1619)、バタヴィア (Batavia, 1619–1942)、Djakarta (1942–1972) と呼ばれてきました。

ジャカルタは、16世紀初頭までは、西ジャワのパジャジャラン王国の港町、スンダ・クラパ (Sunda Kelapa) として発展してきました。

14世紀に成立した中国・明朝のもとでインドネシア海域は册封体制下におかれ、中国との朝貢貿易や私貿易、中継貿易で重要な港町として発展してきた歴史を持っています。

その後、バンテン王国がおこり、16世紀末にはオランダが西ジャワの王族の内紛に介入。1619年、オランダ東インド会社総督クーン (Jan Pieterszoon Coen) がジャヤカルタに要塞を建設し、バタヴィアと改称後、オランダ東インド会社の基地として発展します。

第2次世界大戦では日本が東インドのほぼ全域を占領し、その間の1942年に日本軍政当局がバタヴィアをジャカルタと改称して、その名称が現在に至っています。

ところで、ジャカルタは慢性的な交通渋滞に悩まされており、1992年から通勤ラッシュの時間帯には、車1台に3人以上乗っている車しか市内の主要な通りに入る事ができないという交通規制を取っています。

しかしながら、ある統計によるとジャカルタ中心部では1日に車が200台以上、バイクが900台以上増大。2011年には車両の占有面積が道路の面積そのものを上回る!という事態を迎えると懸念されています。

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Jakarta
Jakarta / Stenly Lam

ジャカルタの各エリア

  • ジャカルタ北部のコタ地区は旧市街地にあたり、中国人が多く居住しています。外貨の両替はレートが良いことで知られています。
  • ジャカルタ南部のデパートや商店、レストランが密集する地域はブロックM (Blok M) と呼ばれるショッピングエリアです。地区東には日本人向けの商店も多くあります。
  • タムリン地区の東側の裏通りがジャラン・ジャクサ (Jalan Jaksa)です。バッグパッカー向けの安宿が立ち並ぶことで知られています。
  • ジャラン・タムリン/ジャラン・スディルマン (Jalan Soedirman)がビジネス街です。日本や外資系会社のオフィスがずらりと並んでいます。
Jakarta History Museum
Jakarta History Museum / Brian Giesen

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